イスラエル-ヒズボラ

 日本での生活で平和ぼけしているのでしょうか、レバノンのシーア派組織ヒズボラとイスラエルとの確執の深さを『レバノン:揺れるモザイク社会』(※1)を読むまでは知りませんでした。
 記事に依ると、2000年5月にヒズボラとの泥沼からの脱出と、ヒズボラの武装解除を狙ってイスラエルはレバノンから撤退をしたのですが、イスラエルに敵対するシリア、イランの後押しを受け、ヒズボラは今回と同様に2000年7月にイスラエル兵3名を拉致、ねばり強い交渉で数千人と言われるイスラエル獄中の政治犯やパレスチナ人の内政治犯23名と他400人の解放を勝ち取ったのです。しかも交渉妥結後3名の兵士は拉致時に即死状態であったことが判明、ヒズボラの交渉手腕が勝ったかに見えますが、主たる政治犯の釈放には至らなかったのです。
 そして今回、同じ手口でイスラエル兵2名を拉致、奪還しようとレバノン領に入った戦車は地雷で大破、8名が死亡したのです。もうこうなると泥沼化するのも頷けます。相当な政治力が動かないと収拾がつかないようにも思われます。
 拉致作戦を知りながら安易に構えていたイスラエル、ここまでの攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかったヒズボラ、平和ぼけの我々も対岸の火事と見ておれません。ぎくしゃくしているいくつかのお隣国家との関係、そこまではできないだろう、やらないだろうと安穏には構えておれないのではないでしょうか。

(※1) http://ryumurakami.jmm.co.jp/recent.aspx

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